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輪漢

 
 
 ようやく梅雨が明け、初夏を迎えたある日の放課後、校舎のはずれにある研修棟の会議室では生徒会が各部の部長を集めて臨時会議を開いていた。
 今日の中心議題は半月後に迫った文化祭の調整で、部長たちは発表の場となる教室や備品の確保におおわらわだ。
「・・・この件はA案を採用ということで決定します。 では、次の議題ですが・・・」
 司会を務める生徒会長の篠原綾子(しのはら あやこ)は涼やかな声でテキパキと議事を進めていった。
 綾子は整った顔立ちに眼鏡をかけた知的な感じの美女だ。身長は女性としてはやや高めで、出るところはバンと出ていて、引っ込むところはキュッと引き締まった抜群のプロポーションを誇っている。
 成績は常にトップクラスで、それでいて自慢げなところがなく、頼まれるとイヤと言えない性分から男女を問わず慕われていた。
 もっとも、綾子をよく知っている人たちは綾子が怒るとマジで恐ろしいことを(その身をもって)知っていたりする。それが災いしてか、これまでのところ男っ気は皆無だった。

「それでは、これで定例会議会を終了します。みなさん、お疲れ様でした」
「おつかれさまでした〜」
 会議は特に問題もなく終了し、部長たちは足早に会議室から出ていった。会議の決定事項を部員に伝え、文化祭の準備に入るのだろう。会議で使った資料を生徒会室に持って帰るように生徒会メンバーに指示すると、あっと言う間に会議室は綾子ひとりになっていた。
「・・・ふぅ・・・」
 眼鏡を外して、強張った目の周囲を揉みほぐす。立ち上がると腰がバキバキ鳴る。
「あたた ・・・はぁ・・・やっぱり会議は疲れるわねぇ」
 一人になったのをいいことに、悲鳴をあげた腰を老人のようにトントンと叩く。
「あ〜〜! お姉ちゃんオバサン臭〜い」
「なんですってぇ!」
 声のしたほうに振り向いて睨み付けると、会議室のドアのところに綾子の妹の仄香(ほのか)が立っていた。仄香も姉に負けず劣らずのナイスバディなのだが、伸ばした髪をポニーテールにまとめた仄香は「かわいい系」の美少女だ。
「えへへ、う・そ・よ。怒らないで〜」
「怒ってないわよ。 それよりなんでこんなところにいるの?」
「う、うん・・・ちょっとね・・・」
「また何かしでかしたのね? 映研関連かしら」
「すっごーい! どうしてわかっちゃったの?」
 ずばり的中されて、びっくりの仄香。
「だって、ほら」
と綾子はドアを示した。そこには綾子と仄香が所属する映像研究部の部員たちが部屋の中をそっと覗き込んでいた。
「えへへ〜 バレちゃいましたか」
 ぞろぞろと部員たちが会議室に入ってきた。
「お姉ちゃん、実はねぇ・・・部室にビデオ編集デッキがあったでしょ?」
「ええ、文化祭用の作品を編集している、あのデッキよね?」
「わたし、あのデッキを壊しちゃったの!」
「えええっ!!」
 仄香が壊したというデッキは数年前の部員が寄贈してくれたプロが使用する本格的なデッキだ。中古だが一般の編集用デッキなどでは出来ない多彩な機能を持っている。映研にとって、どの備品より大切なものだった。
「で!でも! 仄香ちゃんが悪いんじゃないんですよ!」
「そうです! あのデッキももうかなり古いし」
「センパイに使い方を教えてもらって動かしてたら、急に止まっちゃって・・・デッキが悪いのよ!」
「・・・寿命・・・かも・・・」
「そうそう! 寿命よ!きっと」
「・・・はぁ・・・」
 仄香の言い訳も部員たちのフォローも虚しいだけだ。綾子はがっくりと肩を落としてため息をつくのだった。

「それで、これからどうするの? まずは修理できるかよね」
 壊してしまったものは仕方がない。綾子はすぐに気を取りなおして対応策を考えることにした。
 直近の問題は文化祭で発表する映画の編集だ。修理するにしろ、別の編集デッキを用意するにしろ、急がなければ間に合わなくなる。
「う〜ん、まだどこが壊れたかわからないけど、たぶんヘッド交換は必要でしょうから、それだけでも10万は見ないと・・・最低でも20、30万かと」
「そ、そんなに・・・」
「ええ。もともとプロが使うようなデッキですから、パーツも修理費も高価なんです」
「とてもじゃないけど部費じゃどうにもならないわね」
 これまでの撮影で部費は大半を使ってしまっている。1年分の部費を前借りでもすれば別だが。
「ああ・・・俺たちどーすりゃいいんだ・・・」
 これまでにない難題に部員たちも頭を抱えて悶えている。
「やっぱりぃ、わたしたちが弁償するしかないと思うの」
「わたし『たち』?」
「あ〜ん、お姉ちゃん、可愛い妹が困っているのよ、助けてよ〜 ね、お願い〜」
 仄香は姉に抱き付いて『おねがい』の構えだ。頼りはもう姉だけなのだ。
「できるものならなんとかしてあげたいけど・・・こればっかりはどうにもならないわよ」
 仄香の『おねがい』には弱い綾子ではあったが、さすがに綾子がどうこうできる額ではない。かと言って親にも頼みづらい金額だ。
「綾子さん、1つだけ、手っ取り早く儲けられるいい手があるんですけど・・・」
 映画研究部の副部長が切り出した。
「どんな手よ? どうせ危ない話なんでしょ?」
「うっ・・・(さすがにするどい!)べ、別に危険はないですけどね」
「でも、この際多少危なくてもやらないと文化祭に間に合わないわ! わたしのせいだもの・・・ わたし何でもやる! だから・・・ね、お姉ちゃんも手伝って!」
「仄香・・・」
 大事な妹にこう言われては、否もない。
「まあ・・・仄香にしちゃマトモな意見ね」
「あー!ひどーい!!」
「あら、誉めてるのよ?」
「ぶぅ」
「でも仄香がそんなにやる気なら、わかったわ。手伝ってあげる」
「あ! ありがとう! お姉ちゃん!!」
 しかしこの一言が綾子にとっての不幸の始まりだった。
 

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